Healing Space News

『ベティ現る』2014年07月分

弟子 今まで先生は膝裏のコリをとる時はワンツウスリーの掛け声でしたが、最近は「ベティ」とつぶやくか、無言のパターンが多いようです。さてさて、このベティというのは女性の名前のようですが、何者ですか?(笑い)
先生 ほらほら、そこの戸棚に飾っている小さな女の子の人形があるだろう。それにベティという名前をつけたのだ。
弟子 なるほど、そこの白い椅子にちびっこいのが座っています。(笑い)おそろしいボリュームの縮れ毛で金髪ですね。あらら、背中には羽が生えていますが天使か妖精でしょうか?
先生 どちらでもよいが、それはただの人形だ。その人形を基に私が創造したのがベティ・エンジェルだ。これは私が呼べば出現し私の指示を待つ。先程の膝裏のコリをとる時はベティを呼んでとらせればよい。今までは私が自分でしていたので大助かりだ。ベティは妖精並みに小さくもできるし、等身大にもできる。
弟子 そのベティがどうして膝裏のコリを瞬間にとれるのですか?私はまだ時々しかとれないのですが。
先生 膝裏のコリをとる方法は操体法の本に書いてある。私の場合はもう動きではなく念力でとる。膝裏に念を送ってもとれにくいが、チャクラかオーラを念で回転させるとすぐとれる。ベティにはそれを指示してやらせる。
弟子 先生の指示通りにしてくれる天使ですね。以前「小さなおじさん」を造り働かせているとも言われたでしょう?
先生 小さなおじさんはムラダーラチャクラを回す時に呼び出し、私に変わり大活躍する。私が創造した妖精だ。
弟子 何でも創造できるのは凄いですね。誰でも創造、イメージすることはできますが、それで治療は無理です。
先生 治療が出来ない人が創造したものはその人と同じくできない。私が創造したものは私と同じく治せる。
弟子 なるほどそれは明快な答えです。(笑い)先生はご自分の分身を創造し治療の手伝いをさせているとは前から言われていましたが、今度は分身ではなくベティや小さなおじさんを創造されたのですね。
先生 何度も前から話している様に人はみな各人各様の神様、仏様、八百万の神、キリスト様等を心に持っているがそれは現実には存在せず、その人が創造、イメージしたものだ。だからその人なりの神様である。創造するのは自由であり、無神論者よりはいい。ただその神様は貴方達を助けてはくれない。自分で自分を助ける必要がある。
弟子 先生の得意の話ですね。「神様で病気が治るなら病院はいらない。病院で治らない、神様も助けてくれないなら私が助けよう」ですね。(笑い)先生は人の悩み苦しみを助ける力をお持ちです。
先生 私は人がどのような宗教、神様、病院を信じていてもあまり興味がない。それで治らない時に私の出番が来る。私は神様に祈るのではなく、自分で治療をする。そしてその人の考え方、生活のおかしな所の改善を指導する。
弟子 念力とは先生の想いを現実界に実現するエネルギーですね。痛みや病気を改善するだけでなく、その人の生き方を良い方向へ向かわせるエネルギーです。常識では想いが現実に作用することは暗示しかなかったのですが、先生の念力は暗示を排除しても、瞬間に相手の体に作用、変化させ、本人も第三者も納得する初めてのものです。
先生 貴女も耳にたこができるほど聞いていることだが、私は神様の力や世の中の超能力などは全く信じていない。そういう何も信じない私が研究を続けて来た結果、信じられるものを残し法則化したものが今の治療だ。超能力系はもちろん、現代医学や東洋医学も全部とは言わんが、とんでもないのが多い。(笑い)
弟子 先生が他のものを呆れられるのは当然です。他が治せないものを簡単に治してしまいますから。(笑い)
先生 いやいや簡単ではないし、治らないものも多い。簡単に見えるのは私の治療が眼に見えない念力が主体だからだ。また私が困ってしまうような手遅れの状態や難病も多い。私に出会われて治ったら、幸運と思われたがよい。
弟子 そうですね。先生は一人しかいません。先生に出会えなかったら一生治らなかった方も多いのです。
先生 さて私の念力は、はっきりイメージする(念じる)ことで相手の脳神経情報を変化させるものだ。例えばおなかが痛い人の治療の場合おなかに手を当てたり念力を送ることはない。治療の最初の脚振り診断で異常なエネルギーの流れを見つけ、その調整のためポイントに念を送るか、流れをよくする念力エネルギーを送る。
弟子 その治療法は相手が全く理解できないものです。敏感な人は脚振り診断の時に「あっもう楽になりました」と言われますが。ですから患者さんは先生の治療を全く分からずに受けてあります。(笑い)
先生 治療の内容が分からなくても治ったことが分かればいいだろう。(笑い)思うだけで相手を変化できるのが私の念力だ。お経や呪文を唱えたり、護摩や数珠、法衣は必要ではない。さらに私の真骨頂は遠隔治療にある。
弟子 遠隔治療とは目の前にはいない遠方の相手に念を送るものです。相手の写真や状態が分かればできるのですね。
先生 私が相手の状況を眼や耳で知ることで相手は自動的に変化しだす。だから遠隔治療は治療代の振込みを確認してからしか状態は聞かない。遠隔治療はまごころの念力だから相手の態度がよくないと成り立たない。
弟子 前回のお話もそれでしたね。初診の患者さんも最初の電話の段階で感じの良い悪いがあります。
先生 そうそうリセットを見て「どんな治療ですか?」と聞いてくる。念力と書いてあるだろう。(笑い)「腰が悪いのですがどこへ行っても治らないので宜しくお願いします」と言えばよい。来られればすぐ治るだろう。自分が電話の段階で相手を怒らせて、治るチャンスを逃していることに気がつかぬ人はよい運命ではない。


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